信じるがままに偽りなく

雄大さんは「皆がもっと来てくれたらこんなことにはならなかったんですが」ってぽろっと各地で仰ったんだけど、それは尤もなんだけど、もっとこのツアーぐらい本気でライブをやってくれたらこっちだって今の選択をしなかったと思う。これは客の託言だ。

初めて雄大さんに最初で最後の手紙書いた。
ずっと見てきたことを全部今更伝えるのなんて煩わしくて、不可能で、便箋たった4枚に収まる長さで纏められた。そんな短いことでは何も伝わりきらないけど。
私は中二病だし痛いし夢見てるし、その私の言葉は濁っていて読むと頭痛を催すものだって何となく分かってるから、多分読まれないけど読まれなくても伝わらなくても伝わってネガティブな感想を持たれても仕方ないとは思うけど、バンドやってて人を救うことぐらいわかってほしかった。
セクアンが居なかったらいまの私は存在しなくて、すきなものやバンドだったり考え方も勿論の事なんだけど、社会的に淘汰されたままやがて孤独になって間違いなく死んでいたから、雄大さんは間違いなく私を救ってくれたし、それもこちら側が一方的に身勝手に、些細な好奇心で縋ってみたら上手くいったってだけで。私の記憶の中での体験共有者でしかないのですが。
そういった自分の好きな気持ちを踏み躙って構わないのは好きな対象だけだから、それ以外の自分を語られることが嫌で嫌で仕方なかった。
見てきたものを汚す存在が憎くて仕方なかった。
ライブが終わってライブハウスから出たところで何これ!ヴィジュアル系ヴィジュアル系!って騒ぐ酔っ払いのジジイも、昔箱で嫌がらせしてきたババアも、内輪で騒いで周りに迷惑かける奴等も、全員殺してやりたかった。
汚いから。

セクアンは本当にかっこいいし、面白いとか曲がいいとかそういう感想ばかり人に伝えちゃうけどそんなんじゃくてもっとこう、なんか陽気な例えだけど実家感、っていうか、帰る場所というか、そういう安心感があるよね……。だからセクアンのこと好きじゃない知り合いからセクアンについての感想をもらうのが、正直苦痛で、全然分かってないのに抽象的に語られること嫌だった。私も雄大さんのこと何一つ分からないけど、自分の人生の中で大きすぎる存在だったから一言で片付けてほしくなかった。

セクアン聴くと社会で頑張ろうって思えるし、恋がしたくなるよね、こんな劇場的な恋したことないけどさあ。
雄大さんって凄いよね、モラルないし高校中退だし只のダメな男なのに凄いよね。
今更便乗して悲劇的なレベルで惜しむのは醜い人間の所業だけれど、やっぱずっと好きだったから悲しいものは悲しい。
大好きだった。

はえんそくが、ぶうさんがだいすきだなあ、って、例えばこの前のライブの帰路で思ったりするんだけどなんか改めて私はえんそくがすきなんだ……って思うとびっくりする
「えんそく」がすきって、ヤバイよなーって思う。えんそくのぶうさんがすきです!って言葉にしたことないけど、言葉にすると、私がえんそくのぶうさんをすきでいるのか……って、恐ろしくなる。
自分はついバンドに対して夢を見ちゃうから、夢を押しつけてしまうけれど、それ以上の夢を持って生きてくれるぶうさんを見て安心する。
だから私みたいな悲しい人間にとってぶうさんみたいな人がバンドをやってることが奇跡だ。
単に金払ってライブ行って勝手に救われて終わり、それで本来は良かったんだけれど。リアルタイムで伝えるべきだった感想や感情、感謝ってたくさんあったなあって。

いやセクアンめっちゃかっこいいじゃん?
時間もお金も愛も、セクアンにたくさんかけた数年間があってよかった。セクアンのファンやって良かった。雄大さんかっこいい。雄大さんは本当に天才だと思う。
グッドモーニング・サブカルチャーがすごく良かった。
私の一番好きな曲は多分もう一生生で聴くことは叶わない。
なんか、いろいろ踏まえて、私の人生一日一日はどうでもいいけどライブは一回一回大切にしたいって改めて思う。
人生がどうでもいいのに人生を救われたいからダメなんだってことは分かってるけど、どうしても自分はこんなんだから、

ずっと風邪が治らなくて苦しい
金曜日のチェーンソーを初めて聴いた日