平坦化

感情が平坦で特に何事も無く過ごしているけれど、これってもう「どうでもよくなった」という域に突入してしまっているのかと考えると望みは存在しない。
とか、文字にするのも煩わしくて、徒労に終わるだけだし。

時間の経過って全てを何も無かったことにするし、それは時には快活に働いてくれるかもしれないけれど、どんどん大切にしていたものを忘れて消し去ってしまう。
なんか、全部忘れた。
思い出せない。

人の為に笑ったり泣いたりすることは苦しみしか生まない。
だからこれからは、私は私の為に笑ったり泣いたりしなければ、と思う。
誰かに無償の愛を捧げているつもりだったけれど、そうではなかった。
私は常に見返りを求めでいるし実際に存在した。
だから何も返ってこないのに最高級の愛を捧げている人々を見ると、うわぁ凄いなあって尊敬するし、可哀想に見える。
騙すことすら正当化されて、保身の前で身動きを取れない。
それでそのまま死んでゆく。
何か、それでも幸せそうで羨ましい。
鈍感と知能の低さは盾である。

どうしても許せない好意と考え方がこの世に存在する。
「価値観」はやはり個人の根底にあるもので、それと合わなかった、だけで帰結させてしまえばいいんだろうし、
「愛」の下で厚く保護された適合しない思想の容認だって、それが「視野が狭いことによる全能感」だと知ったらどうでもよくなる。

悲しい。
とか1ミリも思えなくなった。
悲しい、苛立つ、だから糾弾する、それができなくなる。
浅はかな世界をただ見つめるだけも、きっと愛に起因する優しさだよ。褒めてよ。

ロックバンドが好きだ。
2次元でもアイドルでもニコニコ動画の歌い手でも良いはずなのに、それらと絶対的な相違を勝手に見出して期待していたからだ。
でも正解はどれも子供騙し。
本物なんてどこにもない。

まあ簡単に言い纏めると、かっこよくなくてつまんないものはさっさとゴミ箱に捨てるべきなんですよ、ということ。
優先座席だって座っていてもよっぽどのことがない限り怒られない。
私の人生はこの先も何もない。あるのは記憶や思い出という夢だけだ。