妙なポエムを書けない

1/26のブログは消した
嫌だったから
もうわけわかんなくなってきた!
外因性のショックがあまりにも多すぎて何が一番苦しいのか分からないの
そこから感情的になったらはじめにインターネットに手を出すから良くないんだ。でも私の人間性が良質で人間を好きならこんなに人生行き詰まってないよー。20年分の人生見てみてくれたら分かるけど、クズだよ。
いい加減にしてほしいよ他人とのの思い違いだって時間が進むのだって。ほんとに生きたくないんだよーほんとだよーほんとに生きたくないんです
めんどくさいよ
家族も友達もクラスのみんなもすべてをバカにしてたら自分が一番バカになってたけど未だにバカにし続けてますよ。だからお散歩モコちゃんだいすき
世界を拡げたくないし拡げてももう何も無いってこともわかる。

セクアンがだいすき
でも今は中野サンプラザのこと考えるだけで嫌になるからだめだ
それよりもえんそくについて考える時間がほしい。

そういや考察って単語が、全くすきじゃないというか、うわきっしょいなーと常々感じてしまう
世界観とか尊いとかかわいいとかもだけど、オタクが汎用しているイメージの単語なので気持ち悪くて当然なことはわかる。
けど、私は別にそれいいわ
って距離を置いてしまう
以前ミステリ読んでて一番楽しいのはミスリードに気付いた時みたいなこと書いたけどそれと同じようなもので、作者の意図や思考を受け取りたかっただけだ。そしてそこには必然的に所謂考察も含まれるけど真意は私が読み手として存在することで、運命と意志の相互作用みたいに、私が考えると大局的には同じでも、お目出度いことに少しでも世界の一部になれた気がしてくるので、「考える」ってありがたい機能ですよね。
まあこんなもの他者から見ると全員一括りにオタク考察厨みたいに捉えられてしまうので無意味なのですが。
そしてそういうところに窒息しそうになる。

空気感に押されて自分を殺してしまっているのでよくない。
意味を求めるのは作者が意味を盛り込んでいるからだけで、
例えば、えんそくだと、えんそくの物語より、えんそくという物語がすきで、ぶうさんという物語がすきで、その物語は作品として不可侵に存在していて、
そうなると他人と思考を共有することが、めちゃくちゃ苦手なもので、あー悲しい悲しい悲しい悲しい
私の中の崩壊した世界の破片を掻き集めてはまた組み立ててみてるんですが、元から私の世界には、私が勝手に作ったえんそくと私の視点だけが存在していて、(今は何とも言えないけど)そんな矮小な世界で花に埋もれて眠り続けることが何よりの幸福かもしれないので、だからこれ以上私と対象以外の何かで歯車が狂ってほしくないよ。
お願いだから誰も汚さないでほしい。ただでさえ生きる為にそういうもの以外の人間からの重圧に耐えているんだ
深層心理に大変関心があり、他者が私と関わる際の目的や動機を絶対に考える。そこに何を見出しているのか。
するとすごく気持ち悪くなる。
成長したいよ成人したのに中二の頃から変わらないこんなの嫌だよ
人間がやっぱ醜すぎるから嫌い本当に嫌い
すきな人間なんてぶうさんぐらいだよ。そしてそれは偶像なのでかなしい。ぶうさんは夢そのもので、雄大さんは夢みたいな本当のカリスマ。
宇宙にも世界にも誰もいない
セクアンの活動休止に悲しまない人は死んでしまえ。
雄大さんがどれだけステージから失っちゃいけない人だったか。
私だって本当はもっと笑いたいんだよ。
でももう無理だよー結婚したいよ結婚したいよ子供がほしいよ子育てしたいよ子供に自己投影したいよ孫もほしいよ愛がほしいよ
生まれ変わったら鳥になれるよねきっと
明日からやり直すんだ