逆上がりの世界を見ていた

時間が解決するというものを本質的に見れば諦めと忘却で、老いだって重力や電磁波に曝され細胞が劣化しているだけだ。
だからおじいちゃんおばあちゃんなんて概念は捨てよう。
人生経験なんて脳の海馬に保持されているだけの記憶は虚構だ。
記憶を保つのは生きる為に、居住地や食糧を判別したり、だから動物も同じ。
思い出なんて情動が機能しているだけで何の意味も持たない。
こわすぎるよ〜〜
生きたくない
みたいなことしかかんがえられなかった日曜日
今年はアーポのツアーに行かないんだと思うとふしぎ
うゆにみたかった

冷たい頬はお茶の間ハルマゲドンのマイナスとの動画でも歌っていらっしゃって、
幸福論といいこれといい2015年度のぶうさんはヤバイ曲ばかりカバーしていたなあと笑いながら心が燃え尽きている。いきていたらこころがもえつきてる
時間の経過が怖い
朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて生活に励み夜に寝て朝起きて

そう13日はMILKを着たんだよ。
MILKというブランドに意味があるのではなく、「MILKを着る女の子」や「MILKを着る女の子がすきなバンドマン」というところに意味があって、まあそんな私のモノサシは後付けに過ぎないけれど。
ロリィタにはあまり興味ないしなんとかのばらとかいう痛いおっさんは嫌いなので知ったことではないしおーけんだって詳しく存じ上げなかったのに、母親が若い頃にPINK HOUSEを好んでいてMILKが似合う娘が欲しかったという理由で買い与えられただけ。
だけど、高校生の頃白塗り界隈と呼ばれるライブに行くとMILKやJane Marpleを着たお客さんが沢山いて、何となくで理屈なんてないけど、やっと洋服に意味を見出せた気がして。
ぶうさんは決してそうじゃないから着ないけど、十川さんは「MILKを着る女の子がすきなバンドマン」だと思ったし、それぐらいの「意味」のある名義だと思ったのでそれが現実になればいいなあと願いながら選んだ。
そういう面に関しては、客というものはバンドマンのサクラでもあり、花を添える役目だと思う(少し精神ロリ臭くてきもちわるいですが)。
2009年ぐらいに雄大さんのファンになっていたらずっと着てたとおもう
「ネオナゴム」って単語が昔あったと思うのだけど、20才前後の若者が中心となるそういう居場所が2010年代にも欲しかった。
そんなところがあれば、いっぱいあきらめがついたのに

そんなこんなで明日の服装を考えていた。おおつきさんに会いに行くんだもの サラマンダーよりずっとはやい新幹線
ボーダーのオーバーニーソックスなんて持っていなかったので戦闘力が低い
あああさよなら