無題

‪ここ1ヶ月ポジティブを体得して気付いたことは、私はわざわざ変わってるだとかふつうじゃないって他者から評されて喜ぶような普通の人ではなく精神的にも物質的にも正常を逸脱していたし(ナルシシズムと言われようが)、病んでるとか家庭が不和とかそういうこと言われて喜ぶような馬鹿でもなかったこと‬
血・性・暴力に魅せられるハードコア精神が高くてかわいいものがすきで安定を望んでいて、アタリマエが欲しかったのにアタリマエになれなかったしそれでもアタリマエに死にたいということ

センシティブ

あまり文字を書きたくないし鬱々とした自分が後ろめたかった。書き殴っては纏まりも無く消去してを繰り返してしまって、私を知っている人に見られていたら恥ずかしいことこの上ないと思ったので自戒を込めて検索避けを解除した。恥ずかしいこと書きません。

土曜日は大槻ケンヂを見に行った。これも感想を書きたい。だんだん大槻ケンヂに対する感情の密度が高くなっていて困惑している。
今日は「Future!」が発売された。
次の土曜日は髪を整える。色も変えたい。日曜日はまたライブに行く。暫く毎週ライブがあり幸せなのか悲しいことなのか主観では決められない。
楽しいことをやってくれている人や物は溢れ返っている。
笑える場所もお金を払えば当たり前にたくさんある。
私はお笑いを観て笑うという直截的な成果を恐らく小学生の頃は幾度となく掴めたがそれ以降は一度も無く、日常生活で心から笑うことが殆ど無くて不健康で気が気ではない。が、ありがたいことに、ライブを観て笑うことができる。本当にありがたい。
ライブが楽しいって気持ちの本質がどこにあったのが今となっては忘れてしまったが、笑えたらそれでいいと思う。思えば2年前のえんそくのウエストワンマンで初めてえんそくを観るために遠征し、私は笑ってライブ観るなんて絶対に無くて、楽しかったけれど笑うなんてことなくって、でも流星雨の時にぶうさんが笑顔だがなんだかそういうことを言って笑えるようになった、と、記憶している。
だからこそ私は笑えていなかったと分かる決定的な問題を一切消化できずもう一度終わりの終わりを見たいと願ってしまう。
傲慢だが痴呆少女の気持ちも歌詞を書き換えた理由も少し理解することができた気がする。少女が痴呆の振りをして7月の終わりから抜け出せなくなったみたいにそうしていたい。
もう御託はどうでもいいから、日常の様々な壁を自分で乗り越えて、ちゃんとその場で笑えるぐらいになって、あの場所にまた行けたらなあと、思う。
素敵なバンドだと思うから、正しい消費をしたいし、素直に愛せたらな……と、まるで大人になってしまったようだけれど、それはお互い様なんだと思う。
私の中二病の神はオーケンではなくてあの人で、だって色んなものを創造してくださったんだもの。神様ってことにしておこう。14才の頃今の私は存在しなかった。だから戻るも進むもない。生きられますように。それだけです。

苦しみの根源は執着です

2017年10月15日(日)
オーケンの人生社会科見学主義 NHK文化センター梅田教室




話すネタを用意していたもののその発表が延期してできなくなったから(仮面ライダーかな?)、急遽お客さんの質問に答える、という謎の企画に。
合間合間に弾き語りを挟みつつ、「質問考えといてくださいね!」って念を押しては曲に入っていた。


最初にセクハラ教師の話をしていて、NHKって下ネタ可なんだ……と知った。

  • 質問《電車の活動はどうなっていますか?》

メンバーのスケジュールが合わない

  • 質問《恋とは何ですか?》

生きる苦しみは殆どが執着から生まれる。
死への恐怖や生への執着でもヒポコンドリー性基調という神経症になってしまう。
過去はもうないけれど未来はまだ来てないから、みたいな感じのことを仰られ写真を見返して思い出したりするのは「残留思念ではなく執着」だと。
なかなかにぐさりとくる考え方だなと思ったのが、こうした人につくファンというか追っかけの本質って執着でしかないと思うんだよなあ……。
「社会」としては正しいのかもしれないが、非現実を求め旅をする人間にとっては辛辣だ。
まあこんなの仏教の説法であるように思うけれど、アドラー寄りのソレだったら少しショックだなぁ、と思いながら聞いていた。

解決策としては、
一本指を立てて「Future!」と叫ぶ、らしい(プロモーション感)。言霊とか仰っていたけれど。

  • 質問《今までの自分の作品の中で一番好きなもの、来年の30周年に向けて何か企画してますか?》

音楽面ではプロモーション期間だから一番新しいものを、と「Future!」を挙げていた。
アーティストは最新作を褒められると嬉しいから最新作を褒めてあげたらいい、しかしたまに発売してからこれ違うな……って思う時もあるからそれを褒められると微妙な気持ちになる。「バンドマンなんてめんどくさいもんですよ」
俳優としては何を挙げてたっけ……色々出演作品を挙げていたような。何故俳優?と思ったけど仮面ライダーへの布石だったかもしれない。
著作の中では、『ゴシック&ロリータ幻想劇場』を「読んでほしい」って仰っていた。
理由はエロティック・グロテスク描写が少ないから。つまり読み易いから。
共演者から『リンダリンダラバーソール』を褒められることが多く、文庫化の話も貰うけれど、すべてオーケン自身が断ってきたとのこと。
実名がたくさん書いていて、悪気はないけれどたまに怒られる、だっけ?そんな理由。

30周年は何も考えてないらしい
これからも続けるために若いバンドと共演したい、とは仰っていた気が。
この質問の時かはあまり覚えていないが、
20才の時デビューして24才で武道館に立って、30才はインドを旅して暮らそうと思ってた、そんな自分を「クソサブカル野郎でした」とレッテル貼ってたのが面白かったなあ。


あとの質問ぜんぶ忘れた……
挙手制でたくさん質問されていた。
途中「人生相談でもいいですよ」って仰ってたから質問しようかなと悩んだが仄暗くて控えた、けれど貴重な経験だしすればよかった

  • 締めの言葉

才能と継続と周りにすごい人がいる、ということが大切。
才能や周りに恵まれなくても継続だけはできる。
自分は何もできなかった、勉強も運動も。
だけどバンドには何もできない奴がいる方が良いこともある。

……みたいなことを大槻さんは語られていたのですが、
何もできなかったようで、おそらく「しなかった」もしくは「しているという自覚がなかった」んじゃあないかと、やや否定的解釈をしてしまった。
オーケンは、頭が良いよね……本当に「できなかった」のではなく「しなかった」んだと思うな。

で、一番驚いたのが
「ボクは51才で、まだまだこれからたくさん学ぶことがあると思いますが」
という何気ない発言。
51才が、そんな前進的な(健康とかいう意味じゃなくて)考えっていうのが、若過ぎるなあって。
20才そこいらの人間が、諦念掲げて消費的に生きようとしている傍らこういう人間が現役で頑張っていらっしゃるっていう事実、励まされた。



真面目なオーケンがすきという、なかなかに申し訳ない感情があるので、こういったイベントは嬉しい。
カルトではなくカルチャーだったことを信じたい。

10/13狂い咲きハルマゲドン

2017年10月13日(金)
狂い咲きハルマゲドン 赤坂BLITZ


殆ど覚えていないから自分の中に残っているところだけ


幕が開く前に、宇宙貴族の時のSE(声なし)とウシノシタ団のテーマが流れる。

最初スクリーンに映し出されるポエム(今思ったのだけれどこれはポエムと呼んでよかったのだろうか?ずっとポエムと呼んでいるけれど)
《春色の花のように》という表現がずっと頭に残っていた。
美しいと感じた。
星のように、のような表現も続いていた。
「最悪の終末」のルビは「最高の希望」だった。


魚座のテーマが混ざったSweet Nightmare March。
12モンスターズの語りの部分でスクリーンに文字が映し出される。
1999年のブルース、想い今夜溢れるだろう、と歌い変える。誰の歌が届いたのだろう、で笑っていた。
ゴードンで「今は俺が王様だから!俺の言うことは絶対だろ?」のように仰っていたのが、だいすきなぶうさんだなあと思い凄く安心できた。

人間が身代わり人形に擦り替えた町の茶番と、死ぬため高尾山へやってきた少女の茶番。そして天獄への十三階段。
私の記憶違いでなければ、この曲では「ハコブネ」という単語を一度も言っていなかったと思う。
途中で、電気が落ち、楽器隊の弦を弾く生音。ぶうさんの焦る声。
スタッフから館内停電のアナウンス。
スクリーンにニュースが映し出される。
そこからまた、文字に続き、
《白色の花のよう》という言葉があったように覚えている。
白いテレビはやはり狡い笑顔で歌っていた。
アリスのSE(おそらく「機械仕掛けの新しい神様」)でアリス。
墓地のSEから狂い咲く春のはじめ方。

アンコール明けの挨拶、「血濡れの金曜日」だったかな、そういう言葉選びがぶうさんらしいと思った。
ぶうさんの言葉が、何でかすごく悲しくて、悲し過ぎて泣きそうになってしまった。後から思い返せば悲しいことは言ってなかったようだ。
まるでブルーハーツが始まりそうな言葉で、このまま始まってしまったら私はもう終わりだなと思ったらマキナだった。
最後のえんそくで終わり

恋をした十月が生きたことの全て

どうしようもなく流動されて生きて頭は上手く働かないけれど十月
暫く私は私の日常を一日一日ずつ虱潰しにして、
相変わらず何なんですかね?
学校に行けば全ての会話や雑音が自分の今在る世界の半層下から聴こえてきます。
家ではどうですか?グレーゴルが二人いるのか。これは。家って何ですか?次の春が来る頃、何が変わってくれているんですか?

私は読み手の存在を前提にブログを書くことなんて今まで避けてきたけれど、
余りにも不快です不快、不快、死ね死ね死ね死ね死ねという呪詛にさえ変化してしまいますので、釘を刺すように文字にしますが。
こっちは色んなしがらみがあって、疲れ果てて、誰かが思っている以上に社会は汚いし稚拙で家は腐っているし、誰よりも不幸とか相対的なものではなく腐っていよいよ壊れ始めているからそう書くだけで
そうして逃げる先が今尚ライブハウス、なだけであって
観に行くバンド、すきなバンドマン、会話する人、が、変わっていったとしても私の逃避の手段に過ぎなくて
馴れ合う為にライブハウスに行ってるのではないし、
女子中学生みたいな「いつメン」もいませんし
友人には失礼だし語弊を生みそうだけれどそう捉えないと信頼して書けばライブハウスでの会話なんて暇潰しでしかない
そこに絆もクソもない
根本的に私は最初から最後まで一人でステージを観ているんだよ分かるか?分かれよ
私の何を知ってるんだよ
誰かと悪口を言ったりそんな女子中学生みたいなキモいことするならば私は乙女国家の衣装のボタンを数えて一人で悩みますし
何もかも、被害妄想や誤認識は大概にしてほしいです。
他人が思っているほど自分に需要が無いことをご理解ください、そしてお帰りください
私は私として最低限度の触れられたくないものがあって、
距離
私はパーソナルスペースは酷く狭いので、そこに踏み込まれてしまったら、それは汚されたと認識してしまいます。
「最後」まで不快でした。
インターネットを破壊する何かを発明しよう
そうしたらある程度君も私も幸せだと思う。
君も

逃避、と書きましたが、やはり武器にしたいな、と、思います。赤坂ブリッツに向けて改めて。
私が健康になればえんそくはきっと無用と化してしまう。どうせ利用しているだけだ。未熟な今だけだ。ハッキリ言って。
えんそくがどうなろうともぶうさんのなりたいえんそくならば、ポップであろうが大人に媚びてあろうがもうべつにそれでいいです、私の理想をあてがうことは致しません。
ぶうさんは恵まれ過ぎているからそれを幸せだと感じられないのならば呪ってしまうかもしれないし、
己の才能や本質を自ら汚すのであればそれも呪う
新宿BLAZEの映像を見ました。
宇宙大天使土曜日の、イントロでの言葉は、私がすきだと思うぶうさんの全てが詰まっているんだ。
あの日は本当に世界から切り離してもらえたようだった。一番幸せだった。
宇宙大天使土曜日って、「大天使」って略すんですよ
私は、最初、略し方がわからなくて、
その頃の何かのインタビューで大天使と略されていて。ああ大天使って略すんだーって初めて知った
嬉しかったなあ
今では当たり前ですよ
私はぶうさんの大計画に乗りたいし、凄いなあと思うのは、家族がどーとか学校がどーとか、平行世界とか、意味とか、色んなことを経たのに結局理論なんてぶっ飛ばして無責任に拐っちゃうなんて言えるところだ
ぶうさんはそれぐらいの破天荒でいいし、客もメンバーも大人も何もかも顔色伺うことなく生きたらいい
いつまでも希望で居てほしい
叶うのならば。
赤坂ブリッツへの祈りは届かないだろうけれど、祈ろう。
がんばれ!とかそんなんじゃない
削り落ちそうな程の祈り

今日は映画を観にいきました
友達と、何気なく会話をしただけで、「貴女は病みすぎ」と言われました
ワーイ!病みすぎだって!うれしい!客観的評価がソレで、鬱やメンヘラを自称するのに相応しいでございますね
死ね、と思い、死ね、と呪い尽くしました
死ね
殺す
死にたい




映画はデジモンを見たよ!
死にたいどうしよう!
まるおだー

お前は蟻を殺すだろう

感想

真っ先に、秋を感じた、という感想を持ったが特別秋には言及されておらず、私小説的な作品を集めたと解説されていた。
保吉ものは、子供の時も、成人した今読んでも面白いのでエンターテイメントだと感じました。
「大導寺信輔の半生」の、主人公のドロドロした暗鬱な感情の言語化は至高であると思いました。

先週の日曜日は神保町へ行きました。
台風が近付いていて雨風が強くてあまり動きたくないなあと憂鬱ながらもまず三省堂に行くと、催事スペースにて古書市が開催されていて、何となく徘徊してみれば4冊買ってしまった。
目当ての作家の作品は無くて、でも元来から読みたかったものに出会えてうれしかった。
その後は散在している古書店へ入った、と書いたものの、雨傘をビニールに収納するのがいちいち億劫になり、二軒だけ。
無事欲しかった作家のエッセイを手に入れた。装丁が美しい水色と青色で、この日の気分に相応しかった。
この日は奇しくもその人物の誕生日ということで、意図していなかったが、巡り合わせのように自分の意志がそこに向かっていた。故人の誕生日というものを祝う義理は無いが、特別視したい。
最後に入った店は有名店のようだったけれど、本を棚から取り出すと同時に蝿も出てきて、如何なものかと思った。
そして寿司を食べた。最近は唐揚げよりも寿司を愛している、と言うのも諧謔とは言えないほどに寿司が好きで、満足した。
この日は好きなブランドの洋服をカジュアルに着たくて服を選んだ。
買い直したヴィヴィアンウエストウッドのスモールオーブのネックレスはメッキなのに高いから、浪費癖を治したいなあと悩んだりした。
平日は、だいたいおんなじ毎日って感じで、だいたいおんなじことの繰り返しだった。
感情も苦悩も疲労も何もかもが変わらなくて、切なかった。やりたい放題な学生なんてものは存在しなくて、改めて私は堅実で無味乾燥な人生を歩んでいるのだろう。

帰りの新快速の40分間は、読書をしたいものの、流れで何故かクラスメイトと帰宅する。
日に日に自分の個の喪失に気が狂いそうになる。
トロフィーワイフという言葉が存在するが、それを夫婦関係以外、知り合いにも演じてしまうような。
ここでそれは容姿や年齢は除外して、ただひたすら思考も返答も何もかも相手の求めるものになってしまう、というか、本来の自分から大きくズレては何も分からなくなってしまう。
でも、本来の自分なんて私は元々掴むことができていなくて、一体自分は何なんだろうか、と、人間の思考の原点回帰のような恐ろしい状態でベッドに入る。
昔から思うことなんだけれど、インターネットでもよくある、自己分析というやつ、エゴグラムと言うのでしょうか。私はあれが本当にできなくて、
設問に対してそうである、から、そうではない、までそれらの度合いも加味された選択肢が用意されて、それのどれに自分が当て嵌まるのか何も分からない。分かった試しがない。
あれに基づいて、プログラムに芸術タイプだったり右脳派だったり精神性をカテゴライズしてもらえて、それを自分のものにできる。そんな健康優良な脳味噌が私には御座いませんでした。
だから、この帰り道だって、分からなくなって当たり前で、それが本来の自己像から逸脱に繋がるわけでもない。
主観と客観の平衡が存在しないだけで、最初から自分なんて何にもなかった。
と、悲しくて一度泣いてしまいました。
普通に成りたくても成れなかったから普通じゃない自分を確立して生きているはずが、遠目からは普通に順応できているように見えて、何一つ得をしなくて、
ずっと思っていたことなんだけれど、改めて社会に放たれたら、こう思った。
誰か一度規定してくれ、私を。

憧れる場所は物理的にも感情的にも程遠くて、取り敢えずセクアンの曲をたくさん聴きました。あと、怪人二十面奏について考えました。
私は本当に天獄に行けるのか分からなくなってきました。
選別せずむしゃくしゃして切り捨てた物の中に大切だったそれがあるような気がして、
だんだんよく分からなくなってきました。
今日はすきなお店の洋服を着た。
クローゼットで静まっていたワンピースで、3年振りに着たら、栗が気になった。
一生幸せになれない。

ロンリーゴーマイホーム

2017年9月17日(日)
THE ELECT HORROR PICTURE SHOW scene09 渋谷DESEO

隣のライブハウスで男性地下アイドルのイベントが催されていたようでデセオ前が人で溢れていて、着いた時はあまりにも年齢層が低くてエレホが若返ったのかと勘違いしてしまった。デセオのスタッフのお兄さんに尋ねたら丁寧に返事をしてくれて優しかったので惚れた
すぐ惚れてしまうので困るなあと頭を抱えている


3.ピノキヲ

ラストー!って煽るバンドはあるけど一曲目を煽る、みたいなこと言ってて、「煽リズム」なのかな?新曲の。クラッシュに出演したせいかビジュアル系の煽りをひどく気に入っているようだった。
逆さまに映る桜の木、水玉予報、としんみりした曲続き。
何故かマイクスタンドをお立ち台に置き、マイク(ピザ回すやつ)を取り付けようとする。高い!高い!と困り出す。

以下順不同
新幹線の品川駅のホームのエスカレーターで前にANZEN漫才のみやぞんが居たんですよ、田舎者だからアッて言っちゃった。都会人のふりをした。
入りしたら寺子屋の園長が「うゆにさん、PS4買っちゃいました」って言ってきてこの野郎!と思った(その後オタク特有の怒りの表現)
そんな僕は昨日ミニスーパーファミコンの予約に必死でした。セガからハードが出ないって仰っていたような
どこかで東京ゲームショーの話も
ソニーに対する恨みを言って、ソニー殺す!って流れになり、ソニーを殺すって言い方はダメだ!として言い換えた表現が「髪を掴んで引きずり回してアスファルト大根おろしみたいにして最後鉄板の入ったドクターマーチンで蹴る」鉄板の入ったドクターマーチン……?
ストレッチパワーを何かに置き換えてやって一人で笑ってストレッチマンって知ってる!?と何故か興奮していた。
あー楽しすぎておしっこ漏れそう って昂ぶってておにいたまの真髄が顕現していてキモかった
この日はフロアが静かで、ちやほやが足りない!と、ちや!ほや!のあのレスポンス。
ここでかな?高田馬場AREAみたいに!エリア行ったことないけど!いつになったらバンドを組むのかわからないセッションバンド、とか
「殺せ殺せ!狂っちまえよ〜」とか言われてもいや私喧嘩したことないんでわかんないです!ってなるよね。って(心当たりがあって困った)
後ろ見えてるぞー!は嘘です、バンドマンは目が悪い人が多い
エレホキネマについて。このバンドが!?とか楽しみそうだった。ブログに書いてたことを改めて伝えているような。
若い知らない世代にも、みたいなことも強調していた。ハルくんがキボウ屋本舗?何それ?って人もいるかもしれない、って
皆さんのことがだいすきです、で天井裏から愛を込めて、がかわいかった
最後の東京ラジオの終わりに勢いよくコマネチをしていて驚きでした

この日は一人で笑っておられる場面が多すぎて良いピノキヲだった。お立ち台に足をかけるたびにダン!って音が響くのでピノキヲすきな人は最前列で見た方がいいとおもった


4.太平洋ベルト

世界プロモーションビデオ
魔王
メロンソーダ
流行色研究所
波乗りシーケンサー
東京特許許可局

なんかたりないかも

3年ぶりぐらい?に見た。吉川さんがすごく痩せていたような……
始まって、たぶん同期のトラブルで、なかなか演奏が始まらない。ホンジョウさんはピックをめっちゃ投げていた
魔王のギターソロでお立ち台でしばらくかっこつける吉川さん
ドラムの機材が外れたことを申告するけまりさん。
今回のライブのための移動の日にけまりさんが仕事を入れてしまったけれど結局休めた
さっきお昼にナポリタンを食べたら券売機で買ったのにお金払おうとしたという最近物忘れが激しい話。

どこかでセトリを確認して吉川さん「老眼がひどいんですよ。大人のジョークですよ」
チェキを撮った。「(ギターを抱えて舐めようとするポーズ)ヤングギターの表紙みたいになりました。70年代ロックが好きな人は買ってください」
この前キャンプに言った。
吉川さんは帰りに寂しくなりひとりひとりに寂しいか寂しくないか聞いて、寂しいって言わないと帰さない
缶詰を差し入れでいただくことが多くなった
缶詰をポンって開けて、その後にシーンって無音の瞬間があるんですよ、それに寂しくなる吉川さん
(吉川さん、ペットでも買えばいいんじゃないかなと思った)

殺人コックの話
ベテランですよって言ってた
コック衣装で、SMAPって出てきて、よしかわさんの髪の具合が稲垣吾郎という話


久々に見て相変わらず、というより更に増大した脱力感に和んでうとうとした。吉川さんが心配になる……けれどもそれなりに充実しているのだろうか



健康になればなるほど本来の自分に対する否定的感情が薄れ、こういう人たちを見ては興奮することをすっかり忘れていました
自分に素直になればなるほど崩れるものがあって、
それでもとてもしあわせないちにちでした

ピノキヲもベルトも、昔見た時は一人だったから物販に行けなかったけれども、今は一緒についてきてもらってなんとかお話しできるって感じで、そろそろ一人で物販に寄れるようになりたいなって思う